賃貸住宅にお住まいの方なら、一度は「原状回復」について考えたことがあるのではないでしょうか。部屋の借主は退去時に、年月の経過や生活行動などで自然についたもの以外の、部屋の傷や汚れを修復する義務があるのです。
「自然についたもの」の定義について、住宅を貸す側である貸主と借りる側である借主のあいだで、しばしばトラブルが発生します。部屋が傷ついた責任を誰に問うのか、判断するうえで役立つのが「原状回復のガイドライン」です。
このコラムでは、賃貸住宅を解約する前に知っておきたい原状回復のガイドラインについてご紹介していきます。無用なトラブルに巻き込まれないためにも、原状回復について確かな知識を持っておきましょう。
目次
原状回復のガイドラインとは?
賃貸住宅の原状回復は、法律で借主の義務として定められています。しかし、どのような傷なら回復する必要があり、どの程度の汚れまでは許されるのか、具体的には決められていません。そのため、住宅の解約時には借主も貸主も頭を悩ませてしまうのです。
このような状態を解決するために国土交通省が作成したものが、原状回復のガイドラインです。住宅の傷をめぐるトラブルについて、実際の裁判や取引でどのように判断されたのかがまとめられています。
原状回復のガイドラインは国によって作成されたものですが、法律ではありません。そのため、原状回復トラブルを解決するうえでガイドラインに従わなかったとしても、罪に問われることはないのです。
しかし、ガイドラインに記載されているのは、過去の事例に対する裁判所の実際の判断です。つまり、トラブルが訴訟にまで発展したとすれば、似ている事例と同様の判断をする可能性が高いといえるでしょう。貸主も借主も、ガイドラインに従った判断をしたほうが賢明であることには変わりません。
地域によってルールが異なる
国が作成したガイドラインとは別に、地域によって原状回復についての方針が決められていることもあります。たとえば東京都で賃貸住宅を契約するときには、原状回復の具体的な内容について、管理会社から借主へ説明することが義務づけられているのです。
また、関西地方の賃貸住宅では「敷引き」という契約が多いことも特徴的です。敷引きの契約では、借主に敷金を返すときに原状回復費用として一定額を差し引くことが、あらかじめ内容に含まれています。後から返金の少なさに驚くことがないよう、契約内容をしっかりと確認しておきましょう。
原状回復のトラブルは多い……。実際に起こったトラブル事例
法律とは別に原状回復のガイドラインが必要になるということは、それだけ多くの人がトラブルにあっているともいえます。原状回復トラブルの実情は、どのようなものなのでしょうか。
原状回復トラブルの発生件数
国民生活センターに寄せられる原状回復トラブルに関する相談は、年間10,000件ほどにもおよびます。実際に起きたトラブルのなかから、いくつかの事例を見ていきましょう。
【ケース1】原状回復費用として敷金が返金されない
賃貸住宅を契約するときに支払う敷金は、退去時に原状回復のための資金として利用されます。ある事例で借主は、「敷金のうち半分は返金される」と契約時に説明されていました。しかし、退去時には敷金の半分以上を原状回復費用として請求され、敷金が契約通りに返金されなかったのです。
トラブルの原因は貸主が、本来なら借主の負担する必要のない傷や汚れの回復費用まで借主に請求していたことでした。この事例では相談の結果として、原状回復費用は適切な金額にまで見直され、残りの敷金は借主に返金されています。
【ケース2】原状回復の料金に納得できない
原状回復に必要な料金の額に借主が納得できないというケースも、トラブルとしてよく見受けられるものです。できるだけ部屋を傷つけないよう注意していたのに、高額な料金を請求されては不満に思うのも無理はありませんよね。
また、支払いすぎた原状回復費用を取り返したいという相談もあります。請求された時点でも支払い後でも、料金に納得できないときは貸主と借主でよく話し合うことが大切です。ときには第三者からも意見をもらい、適切な金額になるよう原状回復の状況を見直しましょう。
この場合はどっち?貸主、借主が負担する原状回復費用
実際の事例にもあるように、原状回復の費用を誰が・どのくらい負担するのかを判断するには、貸主と借主がしっかりと話しあう必要があります。貸主と借主のそれぞれが負担するべき費用について、原状回復のガイドラインでは以下のように定められています。
自然損耗・経年劣化は貸主負担
テーブルやタンスなどの家具を置いていれば、フローリングやカーペットには跡が残ってしまいますよね。あるいは、冷蔵庫のうしろの壁紙が黒ずんでしまうこともあるでしょう。このように、ふつうの生活をするなかで発生する傷や汚れは「自然損耗」とよばれます。
また、日焼けによる壁紙や畳の変色などは「経年劣化」であり、自然に発生してしまうものです。これらの自然損耗や経年劣化を回復する費用は、貸主が負担するよう定められています。
故意・過失の場合は借主負担
自然に発生した傷や汚れが貸主負担である一方、それに当てはまらないものの回復費用は借主が負担することになります。たとえば、あまりにも台所の掃除をしなかったために油汚れが残っているような場合は、借主の過失と判断されるのです。
借主負担となる汚れのなかで、トラブルの原因となることが多いのが「カビ」です。湿気のたまりやすい部屋に発生したカビは、自然損耗のようにも思えるでしょう。しかし、掃除や除湿などの借主の努力で発生を防ぐことができるため、過失に当てはまるのです。
とはいえ、たとえ借主負担になるような傷や汚れであっても、回復費用の全額を負担する義務は借主にはありません。なぜなら、部屋のあらゆる設備は、少なからず自然損耗や経年劣化の影響を受けているからです。
借主がうっかり傷や汚れをつけた壁紙や床には、それよりも前から変色や劣化が起きています。部屋に住んでいる期間が長いほど設備の経年劣化も進み、借主の負担する割合が少なくなるということもあるのです。
原状回復トラブルにあわないために!トラブル回避策
退去時の原状回復トラブルにあわないためには、事前に原状回復についての知識を得ておくことが大切です。以下で紹介するポイントをおさえて、トラブルを回避しましょう。
ガイドラインの内容を理解しておく
賃貸住宅を契約するうえで、原状回復ガイドラインの内容は重要なものです。貸主であっても借主であっても、その内容を事前にしっかりと理解しておくことが、トラブル回避のためには欠かせないでしょう。
どちらが負担するのかを契約時に明確にしておく
賃貸住宅の契約時には貸主と借主がしっかりと話しあい、お互いが負担する原状回復費用の範囲を確認しておきましょう。ガイドラインを手元に用意して、原状回復についての認識を共有しておくことも有効です。
特約を確認しておく
賃貸住宅の契約では「特約」というものがつけられることがあります。特約の内容によっては、自然損耗・経年劣化の原状回復費用も借主の負担になることがあるのです。
特約をつけるための条件もガイドラインで定められています。貸主は借主に特約の内容を説明し、借主の同意を得なければならないのです。契約時の話は決して聞き流したりせず、特約の有無やその内容をしっかりと確認しましょう。
原状回復トラブルにあってしまったらコレをしよう!対処法3つ
どれほど原状回復のガイドラインを読み込んでいても、貸主と借主のあいだで認識が共有されていなければトラブルは起こりかねません。もし原状回復トラブルにあってしまったら、どのように対処すればいいのでしょうか。
立ち会いのさいの現状確認は記録に残す
賃貸住宅の退去時には、貸主やオーナーによって部屋の現状確認がおこなわれます。そのときには必ず借主も立ち会うようにしましょう。そして、回復が必要といわれたところは自然損耗であれ故意・過失の破損であれ、写真に撮って記録しておいてください。
退去時の状況と見比べるために、入居時にも部屋の写真を撮っておくといいでしょう。前の住人がつけた傷や汚れにもかかわらず、自分が回復費用を払うことになるというようなトラブルを回避できます。
原状回復の理由や費用の内訳を説明してもらう
貸主から請求された原状回復費用の金額に納得できない場合は、原状回復の内訳について説明してもらいましょう。ガイドラインを参考にしながら、貸主が負担するべき部分と借主が負担するべき部分を判別する必要があります。
相談先を決めて相談に乗ってもらう
トラブルにあってしまったときには、第三者に相談することも大切です。原状回復トラブルに関する相談は国民生活センターで受けつけています。電話の相談窓口か全国にある消費生活センターで、トラブル解決のための意見をもらいましょう。
原状回復トラブルは訴訟にまで発展する可能性もあります。高額な原状回復費用に納得できない場合は弁護士に相談し、法的な判断をしてもらいましょう。
まとめ
賃貸住宅を契約するときには、貸主と借主の両者が、原状回復のガイドラインに書かれた内容を共有しておくことが重要です。借主は、特約などを含めた契約内容をしっかりと把握しておいてください。
入居しているあいだは、部屋を大切に使うよう心がけましょう。そうはいっても、生活するなかで自然に発生してしまう傷や汚れもありますよね。自分のできる範囲で、部屋をきれいに保つよう意識することが大切です。
退去時にトラブルが起きてしまったら、まずは部屋の状態を確認し、回復の内訳について貸主から説明を受けてください。それでも納得できないという場合には、国民生活センターや弁護士などの第三者に相談し、アドバイスをもらいましょう。